イタ子の口寄せBlog

現代社会に疲れたイタ子のBlog

自己責任論の源泉、時代の移り変わり

この前ツラツラと考えていたら、「犯罪を犯して逮捕される人が悪い」みたいな考えも究極的には自己責任論だな、と思いました。

一体どういうのか、マスメディアの普及がよくなかったのか、「世の中について行くには」「まっとーな社会人とは」「まっとーな日本国民の成員となるには」みたいな意識だけ発達したのが戦後の社会だと思います。

それは、近代化という大きな時代の流れから言えば仕方がないことだったのでしょうが、時代はいつも移り変わります。

そろそろ、そういう「国」「一丸」「みんな同じ」みたいな意識も変わる頃かもしれない。

そういえば、ちょうど今、冥王星(抜本的な生まれ変わりの星)が、山羊座(国、社会などを表す領域)にいます。

私は、時代といえば、昭和の後半からしか知らないのですが、人間の歴史はその前から連綿とあって、その時代その時代、どの時代も今とは違っていた。

人間の意識も時代時代によって違っていたでしょう。

現代は、自己責任論を批判している人ですら、その根本には自己責任論の物差しを持っている。

「社会」というところに出るに当たって「まともな社会人であるべき」「国のまっとうな構成員であるべき」という規範意識が内面に強く刻まれているからです。

近代化して間もない頃、工場に雇われるようになった日本人が、連絡もなしに出社しなかったり、遅刻したりしていた、そしてそれを悪いとも思っていなかったという話がありますが、今では「日本人は時間に正確」「日本人は勤勉」まで変わってしまいました(今、日本の国力の勢いが減じるにつれ、その辺りがゆっくりと解体されていっているように思います)。

人間は、自分たちが思っているより賢くない気がします。
だって、世界第一位の経済立国から徐々に衰退していく中で、国の勢いをそのまま自分たちの特性のように受け止め、当たり前のこととするのが人間なのです。
あんまり、そこまで、賢くない。

川崎で、引きこもり成人男性が、私立小学校の生徒らを無差別で殺傷した事件について、テレビでコメンテーターが「死ぬなら一人で死ね」とコメントしたことについて、思いの外多くの反対意見が起きました。

これは、引きこもりの当事者や関係者、それが自分事の人からは当然のことです。

現代の社会に今一つ適応できない人も世の中にはいて、また、その人たちがどう心穏やかに過ごせるか、社会への無理のない参加の仕方など、そういう人たちへの治療的な観点というものがあるのに、「死ぬなら一人で死ね」と言ったコメンテーターはそれを知らずに、「社会でまっとうな構成員であるべき」という立場しか知らないのに、それを当然のこととして物を言いました。

「死ぬのはお前の勝手で自己責任、死ぬなら一人で死ね」です。
優しさや慈しみの心もない。
もし、自分の息子や娘が引きこもりがちだったら、そういう言葉を吐けるのでしょうか。

確かに、時代と社会に適応し、立派な社会の成員として生きるには、確固とした意志を持って、「経済的に自立するんだ!!」という半ば強制的な、スパルタな意識も必要で、というか、むしろ私がそういうタイプでした(←)。

「社会でまっとうな構成員であるべき」という考え自体が、一つの時代の影響を受けた偏った考えかもしれないことを、そろそろみんな気づいてきているような気がします。

現代社会、何もかも無理、だってだって、

どうも、イタ子です。


つらつらと考えていたら

「っていうか、今の社会に合わせようとしたら、どうしてもそれで疲弊する、っていうか疲弊しかしない、だってさ~」

みたいに思いました。

ミヒャエル・エンデ?の『モモ』?読んだことないけど、読もうかな。



うちのお祖父ちゃん(大正5年生まれ)ぐらいの世代までは、田んぼやったり、魚捕ったり、畑やったりして、それで暮らしていた。

生活は楽ではなかっただろうけれど、その時間の組み立て方なんか、何かに追いたてられるような感じで動かなければいけないという感覚はあまり無かっただろうと思う(田んぼメインだからかな?漁業は朝早いから多少あるかも)。

18歳まで、実家でお祖父ちゃんお祖母ちゃんと暮らしていたので、生活リズムみたいなのは見ていた。


朝起きるでしょ、仏壇と神棚拝んで、神棚に手を合わせるのは家族でお祖父ちゃんだけなんだけど。
手を合わせてたかどうかはハッキリしないけど、水?酒?ご飯?あげてた。それは仏壇か?


そんで、ご飯食べて、一段落したら田んぼにトラクターで出かける。
荷台にはお祖母ちゃんが乗る。

もしかしたらご飯食べる前に田んぼとかに行くこともあったかもしんない。
んー、でも朝ごはんの時にはいつもいたな。


でさ、だからさ、私あんまり知らないんだけどさ、海の向こうに畑持っててさ、小さい船を使ってバビューンって海を越えて行ったりしてさ(陸は湾みたいになってるから近道)、一回だけ乗せてもらった。プリンスメロン食った。

でも、普段はだいたい陸路。お祖父ちゃんは車の免許持ってないので、トラクターか自転車で田んぼに行く。

結構な距離。

でも、自転車に乗っても「急ぐ」というような乗り方はしなかっただろうな。

だいたい、(狭い)二車線の橋の上を自転車で通るとき、よろめいて転んで自動車に轢かれたら困るからって、後ろから自動車が来たらいちいち自転車から降りて立ち止まっていたような人なんだよ。

笑うよね。
いくら田舎で高齢者だからって、そこまでしていた人は他にはいなかったと思う。
わかんないけど。


そんな素敵なお祖父ちゃん。
見た目はボーッとしていて、中身もボーッとしていた。知らんけど。


だからさ、それと比べて都会の社会とか現代社会とかどうよ!?っていう話なんだけど!!!!!


ってかさ、毎朝9時出勤でしょ!!
毎朝9時出勤でしょ!!
決まってるでしょ!!
毎朝9時って決まってるでしょ!!

気分次第で遅く行ったり、「今日は昼頃田んぼ見に行こうかな」「今日は夕方」とかって、別に時間はいつでもいいうちのお祖父ちゃんとかと全然ちがうでしょ!!


しかもさ、週5日でしょ!!
週5日みっちり朝9時からでしょ!!
週5日みっちり朝9時から夕方17時まで仕事でしょ!!
朝9時に出社したらいきなりみっちり仕事始まって、それで17時までみっちり仕事でしょ!!
みっちりみっちりとにかくみっちりでしょ!!

うちのお祖父ちゃんスカスカよ!!いや、みっちりだったかもだけど!!


春は稲をある程度のところまで育てます。
ある程度のところまで育った苗をみんな総出で植えます。
毎日田んぼの生育状況を見に行きます。
水は行き渡っているかな?
草は生えてないかな?
そんで秋まで待ったら収穫。収穫が一番の労働量かな?

ああ、なんて楽なんだ…、楽じゃないんだろうけど…。
うらやましいぜ!!!!!!クソ!!!!!!!


それに比べて現代社会のみっちり具合、なんとかならんかね?
しかもさ、だからさ、ホラ、一昔前とは格段に社会も(悪い方に)変わってるでしょ!?
生産性」なんて言ってね。
クソだな。


団塊ジュニアなんだけど、高卒で就職する頃にはそろそろ「年功序列制はいかがなものか」って言われ出してて、そのうち「完全能力主義」が導入され出したんだよね。

でも能力主義っていうのもさ、やっぱり弊害があるよね。
だって現場ではなんだかんだ言っても年長者のことは相変わらず立てないといけないし、そのうえ「成果主義が原則」ってなると、ろくに仕事教えもしないで出来を問うたりしてさ。

出来が悪いとなるとまるで悪いものでも見るかのように…。協力し合うとかしなさいよ、同じ部の人間なのに。


で、生産性が高い方が優秀ということになり、生産性を測られ出したので、休憩も取らない勢いで仕事しないといけなくなってきた。

みっちみち。

みちみちみちみちみっちみち。

対してお祖父ちゃんスッカスカ。
まぁ、定期的に確実にお金が手に入るというありがたみを考えたらみっちみちぐらいでとやかく言うなという話かもしれないですけど。

でもさ、一日7時間8時間みっちり仕事しろって、設計からして間違ってない?
せいぜい一日5時間じゃない?みっちみちにやるなら。

スカスカで7時間でも長い気がする。

ちょっとここらで一日の労働単位考え直してみませんか。誰に言えばいいの?首相?国会議員?

なんか絶対無理っぽだな。

あと「どんな仕事をするか」によって、社会的な評価もされるっていうのがもう一段階加わった。これのプレッシャー。

まぁ、昔も武士は偉くてそれ以外は偉くなかったのだろうけれども、今は職業選択は自由だし、フリーの競争になっているから余計「どんな仕事をしているか」という評価がシビア。


今頃言うな?


でもその競争、参加した覚えもないのに巻き込まれてるのが納得いかない。


最低賃金ももう少し上げて欲しいんだよな。

国と人間ってどっちが先なの

どうも、イタコ改め、イタ子です。



鶏と卵はどっちが先かはホントにわかんないんだけれど、国が先か人間が先かは簡単だよね。
どう考えても人間が先。

でもさ、日本ぐらい「歴史が古い国」ってことになってると、「国民」が自家中毒起こしちゃうっていうのかな?

黒鉄ヒロシのことなんだけど。


まぁただのボケ始めたジジイの繰り言だからそんなマジに怒ることがどうかっていう話か。


こないだの『ワイド!スクランブル』で「日本人とはこうあるべき…」とか言っちゃってさ(すぐテレビ消したから何言ってたかあんま聞いてないんだけど、元号が変わるときに道頓堀かどっかで飛び込んだ人のことを「本気で喜んでる。昔の日本人はそうじゃなかった…」とか言ってた)、その「日本人」って何を想定して言ってるんだろ?


血筋?遺伝?まぁ文化的な慣習とか思考パターンとかが美しかったとかそういうことなんだろうけれども。


でもなんで「日本人」とか、ホントにあったかどうかもわからないことをみんなに当てはめようとするというか、その「日本人」ってさ、武士辺りを想定してんのかな?「思考や行動が渋くて含羞を伴い美しかった日本人」的な?


まぁさ、確かにメディアが出来てからこっち、国民の悪ふざけは止まらないと思うけれど、別にいいじゃんね、「日本」とか「日本人」が変わって行っても。


そもそもあの騒いでる人たち元・土民農民百姓だし…。武士じゃねぇし…。


昔の日本だって武士だけで出来てたわけじゃないだろうし…。
それこそ土民がその辺で騒いでいただろうし…。




だいたいさ、「日本」「日本人」って最初からあったわけじゃないよね。

最初に人、個人や家族、親戚がいて、それが集団になって小国がいっぱい出来て、それが統合されて行って「日本」になったんでしょ。


その、「国」の前に、最初にいた、個人や、その集団に属する人間の感情や行動の発露が後に「日本人はこうだ」と言われるようになったっていう話で、別に最初から「日本人はこうだから、こうでなければならないから、そう振る舞った」わけじゃないでしょ。いや、私が知らないだけで、武士社会とかにはそういうのがあったのかもしんないけど(聖徳太子の「和をもって尊しとなす」辺りが怪しい気がする)。


「国力」ってグローバル時代には大事なんだろうけれども、だから「国民は一致団結が大事」っていうことなんだろうけれども、そのために「日本人とは…」みたいな「日本人はこうあるべき」論が必要なんだろうけれども、でもそもそも国って何かっていうと、個人の集まりなわけじゃん。


そんで、集団がお互いうまく生きていく上で、ルールが必要になる、それには「日本人はこうする、そしてそれは美しい」が必要、それはわかるんだけれど。


「日本人」とか十把一絡げにくくられても困るっていうか。
全体主義的観点から言えば「日本人とはこうだ」論は大事だし有効だけど、別に私「日本人」とかくくられて行動まで制限されたくないし。
「日本人はそうじゃなかった」とか言われても知らん。



私は東北の寒村出身で、土民の生まれなので、しかも共同体がぶっ壊れ、家と学校の往復、社会との関わりと言えばテレビだけという環境で「個(孤)」立して育ったお子さまなので、集団主義についていけないところがある。


でもこんな私も昔は自分のことを「日本人だ」と思っていた。


日教組みたいに屁理屈言うようになって、「私は""日本人""じゃない」とか言うようになった。



そもそも私は日本に降伏した覚えがないのに生まれたときから「日本人」ということになってることに納得行かないんだ。

みんなどうして納得してるんですかね?(ジャイアンの論理)

フェミ山フェミ子さん降霊。

どうも、イタコです。

イタコは「◯◯子」のアクセントで読んでください。

 

 

今日は「明後日から令和記念」ということで、先にあの世に逝っているフェミニストの方を降ろしてみたいと思います。

 

ムニャムニャムニャ………エイッ!!!!!ι(`ロ´)ノ

 

 

 

 

 

 

 

 

……ってかさ~、ってかさ~、ツイッターとかでフェミのことを批判してる男って何?うざいよね。

 

え?あ?アタシ?

フェミ山フェミ子って言うんだけどさ。知らない?

 

ダンナをトンカチで殴って熱湯かけたら死んじゃってさ。全国ニュースにもなったみたいなのよ。

見てない?

 

まぁそんなことで有名になんかなりたくなかったけどね。しょうがないのよ、私が娘の時代はさ、まだ「結婚が当たり前」「結婚してなきゃおかしい」っていう時代だったからさ。また、よっぽど恵まれた人でもなきゃ、女が一人でなんか生きていけない時代だったからね。

 

 

アタシはさ、最初からわかってたのよ。「無理だな~」って。

 

 

この私がさ、気が優しいだけの、なんの取り柄もない男となんか暮らしたところで、尊敬もできなければ、愛情もない。愛情がなければ、相手をケアする気持ちも湧いてこない。気持ちは荒んで相手に当たるばかり。そして悪循環。

 

そこを親にも言ったんだけどさ。

まぁ何しろ生まれてきた時代が悪かったね。

 

もう済んじゃったことだし、しょうがないね。

 

 

あっ、そうね、ツイッターの話ね。

 

 

よくさ、ツイッターとかでフェミの言う論理っていうのかしら?論理について、「その論理は女には通用しても男には通用しないからおかしい」とか言ってる男がいるけれど、そもそもフェミニズムがなんで男女ともに通用する論理みたいになってるのかしら。

 

まぁ私中卒だから学がないんだけどさ。

ど~もそこが気になるのよ。

そこからして間違ってるんじゃないかと思って。

 

女が、女であるがゆえに男から受ける被害を言い立てる、告発するのがフェミニズムなんじゃないの?

 

告発とか被害とかいう言葉が穏やかじゃないのはわかってるんだけどさ。

 

あとさ、論法として、「同じような被害を男も受けているのに男は物申していない。だからこれに物申している女の意見がおかしいのだ」って言ってる男もよくいるけれど、男のことなんか知らないわよ。

 

当たり前じゃないの、男と女は生理も感受性も違うだろうから、あとそれこそ性別が違うし、女が不快に思ったらそれを申し立てるまでよ。そしてそこで終わり。

 

逆に男も何か不快に思うことがあったら申し立てればいいのよ。

 

男が異議を申し立てていないということは、男は別にそれを不快に思っていないということ、それしか表していない。男が不快に思わないことだからといって、それを女にも当てはめようとするのは間違い。女は女の基準で不快だから不快だと言うまで。あと役割とかさ、別の視点とかさ、色々あるじゃん。

 

もうさ、地獄からSNS見てて歯痒いったらないよね。

私が今の世の中で生きていたらさ、絶対やり込めてるわね。男になんか負けないわよ。

まぁ、負けてやるのがWin-Winってやつなんだろうけどね。

何しろ人一人殺しちゃったからね。まぁでもね、この気持ち、私以外にはわからないと思うわね。

 

生まれ変わったら、好きでもない人とは絶対結婚しないね。

好きな人となら結婚してもいいけど、好きでもない人とは結婚しちゃダメだね。お互いのためにもね。

 

まぁさ、こういう女を許せない男がグダモダ文句を言って絡んでくるわけだよね。

死んでて良かった、もう男と結婚しなくていいもんね、いや、実は今、地獄でも男に絡まれてるんだけどさ。

 

何しろ、自分を見つめられず、一人ではいられない弱い奴らなんだよね。もちろん、そうじゃない人もいるけどね。

 

………早く死なねぇかな………。

 

 

 

 

 

 

……ハイッι(`ロ´)ノ

 

 ふぅ…(´・ω・`)

 

フェミ山フェミ子さん…、名前は覚えていませんでしたが、そのニュースはよく覚えております。

確かその方は、病気持ちで車椅子生活だったんですけれど、ダンナさんに「ベッドで寝ろ」と言っても言うことを聞かないので、トンカチで頭を殴って熱湯をかけたところ、ダンナさんは亡くなってしまったということでした。

 

2人の間にそのようなことになる、長い長い積み重ねの時間があったのでしょうね。

 

フェミ山さんのお顔もよく覚えております。

お顔立ちだけ見れば美人と言えるであろう造作でしたのに、髪の毛は丸坊主に近く、ヨレヨレのTシャツを着て、車椅子を押されながらご本人は目をつぶってイヤイヤをする子どものように体をグニャリとさせて、車椅子にちゃんと座っていらっしゃいませんでした。

 「何もかもイヤ」

そんな感じにお見受けしました。

 

そして、苦悶しているかのような、般若のような表情を浮かべていらっしゃいました。

 そういえば、エリートのダンナ様をワインボトルで殴って殺した方もそのような表情をしていらっしゃいましたね。

 

今調べたところ、フェミ山様は逮捕後、起訴され、実刑判決を受け、刑務所に入所、模範囚として出所後は生活保護を受けて暮らし、83歳で脳溢血でお亡くなりになったそうです。

 

亡くなるまでの間は、ダンナさんの存在や世話に煩わされることもなく、ヘルパーさんに生活を手伝ってもらって、さっぱりとした気分で過ごしていたようです。

 

「好きでもない人とは結婚しない」

「愛情がなければ、相手をケアする気持ちも湧いてこない」

 

心からのお言葉でしたね。

 

最近では一生を独身で過ごすのも選択肢として認められつつありますが、フェミ山様は地獄で男に言い寄られているとか………、苦労は絶えませんね。

 

男の人にとって一人でいるというのはそんなに難しいものなのでしょうか…。

私、女に生まれて良かったかもしれません。

ていうか「日本」と「日本とか言ってる人」が無理

 

この間無料送迎バスに乗っていたら、発車時刻ギリギリに駆け込んできたジジイ3人組がすごかった。

 

まず、すでに満員になっているバスに乗り込んでくる際に「いたた・・・」と2回ほど独り言をわざとらしくつぶやき、「ジジイが乗ってきたから席を開けろ」とアピール。

 

誰も譲らないと見るとジジイ同士で「大丈夫?」などと言い合っている。

 

 

頭にくることに、ジジイども、私の隣に来やがった、まぁ、私の後ろとその後ろの人もいたけど。

 

バスには女子高生3人組もいたので、私は女子高生に期待したのだが、全然席譲らないよね。

っていうか、みんな出発10分前には来てわざわざ並んで座ったわけだから、発車間際に駆け込んで来たジジイどもにやすやすと席を譲りたくないよね。

 

 

次のバス(30分後)に乗れ!!!!!!!!!(酷いな…)

 

 

そんな厚かましいジジイども3人組(多分70代中盤から80代前半、年齢にバラつきがある)、バス中に軽くスルーされておしゃべりを始めた。

私には他人の話に聞き耳を立てて怒る悪い癖があるので、意識をスマホの方に持っていった。

 

そんなとき聞こえてきた聞き捨てならない言葉。

 

 

 

「人間の質が落ちてるんじゃないの!?」

 

 

 

出~た~!!!!!

(案の定反応してる)

 

 

 

 

「人間の質」・・・、「人間の質」・・・、「人間の質」などと言うからには、「日本という国に生きる人間(いわゆる「日本人」と呼ばれている人)がクリアしているべきクオリティ(民度)」という概念があるな!?(これの反対が「中国人はマナーが悪い(民度が低い)」)

 

さては「日本」という国が本当にあると思っているか(まぁあるんだけど)、「日本」「日本人」というくくりになんの疑問も持っていないか(I'm 反日)だな!?

 

 

もうさ、全体主義(日本という国と、日本に住む人間(日本人と呼ばれるところの人間)のクオリティ)を当然のこととして「人間の質」とか言ってる人間の方が、とっくに後進的だし、野蛮だし、害悪だし、それに気づいてないし、気づいてないからドヤ顔だし、最悪なんである。しかもド厚かましいジジイ。

 

戦争とっくに終わったはずなのにまだこんな全体主義者が残ってるんだもん。

全然戦後は終わってないよ。

 

おっとろしいわぁ…。今年戦後74年になろうとしてるのに、「日本人」のメンタリティは戦中となんも変わっとらん。

 

ていうか、人間ってバカなんだよね(お前(私)もだっつうの)。

多分田舎より都会の人の方がよりバカっていうか、勘違いしてると思う。いや、バカは全国共通、関係ないか。

ぬくぬくと平和な時代にサラリーマンやってリタイヤして、その意識のままで、自分が民度高いと思っていて、他人を評価する側だと信じ込んで疑っていない人、もうそっちがダメな側だと思う(お前(私)もだっつうの)。

 

ジジイどもは、バスの中でみんな聞いているというのに平気でおしゃべりしていてそれも神経を疑った。まぁ、私も身に覚えがあるけど。

 

池袋のプリウス事故のことしゃべってた。

まぁどの意見も一理あると思った。

 

あと私、「日本人」じゃないから。

「日本人」の前に「イタコ」(○○子の発音で)なんで(ドヤッ)。

 

私ももれなくバカ丸出しある。